いよいよピッツェリアナポレターナカンテラが明日オープン致します。
自分達が行きたくなる店を創ろうとちょうど9年前立川に初めてマザーズを
オープン致しました。
私も28歳とまだ若くドキドキしながら出店したのを覚えています。
当時社員5人まさに背水の陣でした。
そして今私も36歳になりまだまだ世間的にはお子様ですが
失敗も含め多くの経験をしてきました。
そして改めて今後10年に向かっての新しいブランドを創ろうと
決意いたしました。
28歳の時自分達が行きたい店を創ろうと創ったMOTHERS.
くしくもCANTERAは、このMOTHERSのまとなり。
そして右も左もわからず全てに全力でぶつかってきた経験を
次の世代に繋げていかなくてはいけない
と次世代の教育の場として創ったCANTERA.
戦わなくてはいけない両店舗。
どちらの店のオーナーでもある僕は、
両方のお店のマネージャーにこう言ってます。
負ける事は許しませんと。
自店同士の戦いの後どんな結果が出るか解りませんが、
楽しみでしょうがありません。
色々な心配を皆さんしてくれますが、僕は結論両店舗を
お客様でいっぱいにすれば良いと思う。
そうなるためにあらゆる努力をすれば良いと思う。
毎日全力で望めばよいと思う。
その繰り返しこそが成長だと思う。
ライバルの存在は、自分を磨いていく為には必要なのです。
たまたまそれが同じ会社であったというだけ。
CANTERAが皆様にとって必要な存在になれるのか?否か?
明日から又新しい挑戦が始まります。
まだまだ力足りない私達ではありますが応援頂ければ嬉しく思います。
実はほとんど喧嘩をしたことがない。
でも強そうなふりをしてきた。
誰々が強えーなんて話が大好きで愛読書は、特攻のタクとカメレオン。
でもバイクに乗れない。いや乗った事がない。
でも結構有名だった
女好きで。
高校に入ると変なオタッキーと口論になり投げ飛ばされていた。
ひょっとしたらあいつは弱い?
そんな時の自分の演技力は凄かった。
「あいつ刺しちゃおうかな」
完全に危ないキャラで勝負していた。
そして今明かそうと思う。
実は弱かった。
だまされていた人達へ。
すみませんでした。
何故同じ事をやっても売れるものと売れないものは差がつくのだろう?
AKBは売れてモーニング娘は何故売れなくなってしまったのだろうか?
どんな差があるのだろうか?
飲食業態でも同じだ。何か流行るとすぐ同じものが出回る。
ロールケーキなんか分かりやすいかも知れない。
ホルモン屋もそうだ。そしてすぐ消えていく。
飲食業界の投資は、ほとんど3年回収らしい。3年後どうするのだろう?
そして一瞬でも踊らされるお客様の気持ちはどうするのだろう?
これが今の世の中なのかもしれない。時代というのは、無意識にかわっている。
そう!ほとんどの人が何となくだ。目の前で起こる事や自分なりの情報収集によるものだろう。
この店があたった!さァどんどん出せ!果たしてこれで良いのだろうか?
そこにほとんど人の姿が見えてこない。
ロールケーキもホルモンもその後もっと美味しくなるように
どこまでも一生懸命努力する事で次のステップに入れると思うのだが、
ビジネス的には遅いらしい。
20年前の飲食店チェーン店はすかいらーくやマクドナルドしか思い出せない。
たぶん1%も残ってないのだろう。
僕が思うのは、時代と共にどう変化していくかが重要だということ。
そして今目の前で起こっている事の本質だけを理解して同じレールには乗らない事。
つまりはそれまでの常識とどう決別できるかが重要だ。
これが次の時代への準備だと思う。
僕はこれからの飲食店は、本質の時代が始まると思っている。
チェーン店はなくならないけどかなりブランドは減るのではないかと思う。
良いものと長く付き合っていくというヨーロッパ先進国的な思考が
もういちど日本の個店文化を盛り上げるような気がする。
しかもそのほうが面白い。
健康志向はこの先も変わらないから、
夜中まで飲んでいる人はどんどん減るだろう。
タバコの喫煙者もさらに減るだろう。
すると夜型から昼型の人間が増える。
皇居に朝行けばわかる。ランナーだらけだ。
この先さらに、この転換は大きなものになるだろう。
するとどうなるだろう?ヘルシー、健康、そして?
そうやって追い続ける反面今の自分達の強みをより強化していく事が必要だろう。
何年か前ホスピタリティー全盛に時代がありリーマンショックと共に消えた。
しかし僕は関係ないと思う。むしろ逆だ。
皆が出来ない事だし今だから強化しておく必要がある。
次はどんな時代がくるのだろう?
夜明け前が一番暗い。
でも積み上げるしか方法がわからない。
素敵な人がいれば素敵な人が集まり素敵な店になる。
数は創れないけどそんな店をやっていきたい。
果たして時代はどんな店を求めるのだろう?
今日は、36歳の誕生日。
生んでくれて有難う。育ててくれて有難う。歳をとる度ありがたさが増してくる。
まだ子供の頃に、僕は、ひどい高熱にうなされていた。
すると突然おかんは、僕を50cc原付の後ろに乗せ病院に走り出した。
走り始めてすぐだった。「そこの原付とまりなさい」完全にパトカーに横付けされた時だった。
おかんは、大声でつかまってなさい!と言いアクセル全快で逃走をはじめた。
民家や細道をくねくね走り、後ろからは、おまわりさんの声が鳴り響いている。
『止まりなさい!」
すると目の前に畑が現れ行き止まりになってしまった。
観念したのかおかんは、バイクをおりて僕にこういった。
お腹に手をあてなさい!
僕は、お腹に手を当て少しかがんでみた。
するとおかんは、おまわりさんに向かってこの子を殺す気!
と逆切れし始め、最後には涙さえ浮かべて見せた。
勿論僕は空気を読んでお腹をおさえながら
うなってみせた。
するとおまわりさんは、観念したのか?呆れたのか?
見逃してくれた。
ただしバイクは押して帰ってくださいよ!と一言言うと
「涙ながらに本当に有難うございます」と誤っていた。
しかしおまわりさんが見えなくなると、
早く乗りなさい!いないわね!よく見てなさい!今度は捕まらないわ!
と目をぎらぎらさせていた。
そして病院の診察を終えると
今度は「鍵がないわ!」どうしよう!ないのよ鍵が!
慌てふためいていたおかんを見て病院の看護婦さんも一緒になって探してくれていた。
その時おかんの右手に何かが見えた。
僕は見逃さなかった。
するとおかんも気付いたのかベンチシートの下を探すふりをして、
あたかもそこに鍵があったような顔をして見つけたふりをしていた!
おかんは、目をうるうるさせながらこう言った。
見つかりました!皆さんのおかげです!
僕は言えなかった。
おかんが右手に鍵をずっと握り締めながら
鍵をさがしていたことを。
その帰り道。
おかんは、白バイに捕まっていた。
もういい年だからだろうか?それとも何となくどう生きていけばよいのか
理解してきたからなのか?
父親になってから7年たったからだろうか?
どうも生き方と言う言葉に惹かれてしまう。
生き方とはつまりは流儀とも言えるかも知れない。
今までは、素直に喜んだり悲しんだり、悩んだり
それなりに考えて行動してきた。
そしてその多くは失敗しその失敗から学んできた。
勿論今でも沢山失敗はするのだが明らかに多くの失敗から学び
失敗の質が変わってきたのも事実だ。
そうなると今から100億の会社を作りたいとか1000店舗作りたいとか
自分が出来ない事も気付いてくる。
そうやっている人達を尊敬はするけど嫉妬は全くない。
きっと多くの経験から自分がどんな人間なのかにも
どこかで気付き始めてきた。
20代の頃のように全てが無限大で考えなくなってきたのかも知れない。
でも見えてきたものもある。
この感覚を忘れない為に今ブログを書いている。
例えば店創りにしても、ここをこうやって、この価格帯で
この立地でといったものから、これはやりたくない。
こんなの嫌だとか何だかそぎ落としていくことが多い。
これは、明らかにお客様の為に何でもやって差し上げようから変わってきた事だ。
つまりは、お客様からどんなお客様までイメージ出来るようになってきた。
どんなお客様にどう楽しんで欲しいのか?
何でもやるサービスから、この部分を大事にしてこの部分は辞めよう
といった具合に考えるようになってきた。
酒の飲み方も変わってきた。粋に飲むってどうやるんだろう?
20代の頃から考えていたけど最近はよくわかる。
それは、粋な人と飲む事だ。
酒は飲む相手によって味が変わる。
今はつまらない酒はお断りしている。
仕事もそうだけど何をやるかも大事だけど
誰とやるかは、もっと大事にしている。
きっと多くは自分の近くにいる人達か本から学ぶ。
女もギャンブルも昔は否定していたけど今は違う。
自分の器量の中で遊べばよいと思うようになってきた。
型にはまる必要はないんだ。そう考えるようになってきた。
それがこだわりであり生き方なのかもしれない。
そう考えるとすごく楽だし楽しい事に気付いた。
今はまだ良くわからないけど
きっとそれが表情になってくるのかも知れない。
いい男になりたいと思う。
この人と酒を飲みたいと言われるように。
8月3日。おかげさまで吉祥寺に出店する事が出来ました。
震災もあり、出店までに半年もかかってしまいましたが、
逆に良かったのではないかと今感じてます。
それは、震災によって多くの事を学べたし、何より生かされていることに気付かされました。
多くの尊い命が失われ、家族であったり、仲間であったり、
改めて普通に生活出来る事の喜びというか・・・・・・・
そんな狭間での出店でしたから、改めて仲間の大事さ、会社を守るという気迫、
一人一人のお客様への感謝、多くの事を考える事が出来ました。
そして、昔MOTHERSにいたスタッフ達がどんどん戻ってきた事は、本当に嬉しかった。
彼等が戻ってきた事で間違いなくレベルは上がり、何より情熱の塊みたいな人達だから、
僕ら全体にも大きな影響を与えてくれました。
それは失われつつあったMOTHERSが最も大事にしてきた「心」の接客。
人それぞれ賛否両論ありますが、僕は大好きです。
気持ちのないサービスなんて、いらないんです。
気持ちの入ってない料理なんて料理じゃない。
オープン前から吉祥寺のスタッフには言い続けてきましたが、
プラックティスディナー2日間、レセプションパーティー、で沢山の御指摘を頂き
3日にオープンさせる事が出来ましたが、本当に良くやってくれた。
彼等から溢れ出る情熱をすごく感じたし、右往左往しながら、
一生懸命に動いてる新人スタッフの目からは悔しさを感じ、
何だかとても幸せな気分になりました。
売上なんてどうでも良いよ。とにかく目の前にいるお客様を満足させよう!
僕に言えるのは、そんな事ぐらいでしたが、確実に手ごたえは感じていた。
何故なら僕が行きたい!最近見てきた店と比較しても決して負けていない。
いや勝ち負けというかスキルや技術はまだまだかも知れませんが、とにかく熱い。
店長の近藤も暑い中御近所に挨拶回りを率先して動いてくれた。
これからお世話になる土地に感謝しそこに住む皆様に御挨拶をすること。
当たり前のようだけど出来ない人が多い中、
これが一番大事なんですという彼の言葉を聞いて胸が熱くなった。
何店舗やっているから、高級店をやっているから、確かに誇れる事は沢山あるのかもしれない。
ましてや、売上よりも「心の在り方」なんて言っている会社なんてビジネスとは程遠い。
でも僕はそこに誇りを感じている。そんな熱い仲間と創るレストランこそが僕の誇り。
何だか胸がこみ上げてきた。
僕は幸せだ。
今ある人生に感謝して、生かされているこの時間を精一杯生きて
死ぬまで熱いレストランを創ろうと思う。
東北関東大震災で亡くなられた被災者の皆様、本当に御冥福をお祈りいたします。
又、今この瞬間も救助を待っている皆様大変だと思いますが、どうかがんばってほしい!
テレビを見た時、駅での混乱を見た時、まさか自分が生きている間に・・・・・・・・・
言葉を失いました。
辛かったろう・・・怖かったろう・・・・・色々な感情の中
自分が今やらねばいけないこと。
真剣に考えました。
生きる事。守る事。救う事。
最大限にやろうと思う。
今こそ日本人として行動しようと思う。
亡くなられた方の分まで一生懸命生きようと思う。
守るべき人達を守らねば・・・・・・・・・
皆さんがんばろう!上をむいてがんばろう!
自分さえ良ければではなくて、力を合わせよう!
世界中からの愛に感謝して!
2011年。
僕は、改めてすごい時代に生きていると実感している。
インターネット、政権交代、電気自動車、覇権国家の入れ替わり
そして中東革命。
子供の頃歴史が好きで年表を見ながらその時代ごとによくイメージしていた時代の変革。
今まさに激動の時代なのかもしれない。
そんな先の見えない時代の中、僕達は又一歩新しい挑戦を始める。
吉祥寺への出店だ。場所は、井の頭公園から歩いて30秒。
窓を開ければ、小鳥の囀りが聞こえてきそうだ。
創業65年のいせやさんの醸しだすノスタルジックな味わい、
手前の喫茶店も店内を猫が往来している。
十代の頃から慣れ親しんだこの場所で店を出せるとは、夢にも思わなかった。
聞けば、縄文時代からそこには集落があり、足利尊氏が寺を建立し、
井の頭公園と名づけたのは徳川三代将軍家光公だそうだ。
そんな歴史の一部になれることを誇りに思う。
そしてこの街にきてくれて有難う。
そう言って頂ける様な店にしたいと思う。
「より困難な道を選べ」昔師匠から教わったワンフレーズ。
この時代、このタイミングで店を出店する私達は、確かに選んでいるのかも知れない。
より困難な道を。
でもいつだってそうしてきた。
その先にあるものがどんな景色であっても
僕は後悔しない。
僕達ならやれる。そう信じて疑わない。
暑い。
とにかく暑い。
そんな中、子供の運動会に参加した時の事だった。
買ったばかりのTシャツ(アンティークのミッキーマウス)を着て
下は、短パンとめちゃくちゃラフな格好で
運動会に向かった。
猛暑の中テントを組み立て一休みしている時のことだった。
100メートル位先に何だか色違いのミッキーマウスではないか?
疑わしきTシャツを着たお父さんが歩いてきた。
僕は、心の中で、頼むからかぶらないでくれ!
ドキドキしながら、チラ見していた。
50メートル付近にさしかかったところで
完全にモチベーションが落ちてしまった。
あれは、間違いなくミッキーマウス。
確信した瞬間だった。
10メートル付近にさしかかったところで、
僕は、自然に腕を組んでいた。
そうミッキーを隠していたのだ。
そして歩いてくるお父さんをキョロキョロとチラ見していた。
するとお父さんは、僕の胸元を見ていた。
はっとして自分の胸元を見るとしっかりとミッキーが
顔を出していた。
思わず僕は、お父さんの目を見て「俺のは、アンティークだぞ!」
心の中でつぶやいてしまった。
情けないな俺は。
自分を責めていると隣にいた妻が、
「ペアルックだね。」
笑顔でつぶやいてきた。
そうだね。
僕は完全に落ちていた。
うつむきながらぱっと横を見るとお父さんが違うTシャツに着替えていた。
何て優しい人だ!自分が恥ずかしくなってきた。
そんな小さなこと気にする事ないじゃないか!
自分に言い聞かせた。
しかし今、ミッキーは、タンスの奥で眠っている。
久しぶりにパーティーに行って来た。
場所は、青山に出来たフランフラン。
原宿から表参道に向かって歩き出すと暑さと湿気で汗だらだら。
シードタンク社長の古里先輩と待ち合わせをしフランフランに向かった。
場所は、探すまでもなく表参道から246に顔を出した瞬間に発見。
ていうか・・・・・・・・・・・・・・・凄すぎる。かなり青山を変えた感じ。
かっこいい。何か不景気なんて関係ないよと聞こえてくる。
今これだけのもの創れる人いないでしょ。本当に!
デザインは、あの有名な森田さん。そして中に併設されているカフェを運営しているのが、
そう。ゼットンさんなのだ。当日は、幹部勢ぞろい。
稲本社長筆頭にトライアスロンをやっているから
皆さん絞まっていてかっこ良い。
僕は、どちらかというとそのカフェに興味があり、中も見せて頂ける事に。
お店もかわいかったけどとにかく人に目がいってしまった。
フランフランのオープンは、俺達がしきっているよみたいな。
もちろん仕切っているんだけど、その真剣さというか・・・・何ていうか・・・・・・・
とのかく目立つわけですよ。そうエンターテナーです。
しかも普段からすごく腰が低く出来ている人達だと知っていれば知っているほど
さらにかっこよく見えてしまいました。
常に一流のものと触れ合って、自身を磨かない限りそう見えないんだろうな。
何かパーティーそっちのけでそんな事考えてました。
すごい先輩達がいる。そんな先輩達と一緒にトライアスロンが出来るのは、
やはり幸せだ。
かっこよくなりたい!そう思わせて頂きました。
しかしいっこうに減らない体重。
むしろ太ってきているような・・・・
スーツを着れば金融関係か不動産。
私服になるとワンパターン。
髪型は、10年変化なし。
ちょっと難しいかもなぁと思いながら
10メートル先にあるピザポテトを眺めている。
駄目だな・・・・・俺。
